杉村敏之-雑記

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螺旋でポン。

地下鉄でのこと。
戸袋の脇で本を読んでいたら、耳のすぐ傍らで出し抜けに大きな声でなにかしらの文字列を声高に唱え出した男がいて、本を閉じて目をやった。
よくよく見ればこの男、知的な障害を抱えているらしく、一定の節をつけながら、腹から朗朗と声を出し、次のようなことをしきりに繰り返している。
ピエール、アンドレイ、マリヤ、ニコライ、ナターシャ、ソーニャ、エレン、ドーロホフ、アレクサンドル・・・
どうもこの男は外国人の名前をしきりに並べているらしいのだけれど、注意して聞けばその列挙される名前の順番はけっして前後になることなく、ピエールのあとはアンドレイ、アンドレイのうしろはマリヤといった具合にどうやらそこには非常にスクリクトなルールみないなものが横たわっているようで、おおよそ20前後の異邦人の名を1セットにして淀みなく誦したる様はまるでどこぞの高僧のものかと聞きまがうほどの流麗ぶり。
やがて、彼はなにか落ち着かなくなったのか、車両の右と左とを行き来しだして、そのついでにドアに一番近いつり革をハイタッチし、対角線のつり革まで歩いていってまたそれに手をのばすという一連の反復動作をその行動に組み込んだ。
その動きもまた非常に規律に則っている。
その間もやはりピエール、アンドレイ、マリヤ、ニコライ、ナターシャ、ソーニャ、エレン、ドーロホフ、アレクサンドル・・・という口誦は続き、どこまで登りつめるのだろうと思った刹那、急にそれがあたかも2本の螺旋のようにぼくには思えて、やがてそれはそのまま鋭利なドリルとなって、ぼくの頭にやおら錐揉んできたかと思えば、たちまち右から左に打ち貫いて、ポン。激しくポン。おかげさまでスースーと風通しのよくなった頭を抱えて改札通過、無事出社。
彼らは往々にして常人には理解できない偏執的な強いこだわりを見せて、ぼくら凡人はその強さ、というか純度にはっとさせられることってのはよくあること。
彼らは命を賭してその価値というか心地よさを守る迫力と覚悟を持っていて、そんな彼らに胸を打たれることがしばしばある。
挑んでいるのか。試しているのか。いずれにせよ彼らは彼ら固有の日常で途方もないことをしているのだなあ。あー。