火曜日の夜。
ふたご座を放射点にした群れなす流星の活動が活発になるというので、頃合いを見計らった深夜、庭に出た。
見上げた空には、思ったよりも電線が多く巡っていて、まるで五線譜のように漆黒の空を切り取っていた。
朝からよく冷えた日で、放射冷却のせいか星は常よりもまたたいているように見えて、この空をぼくらが「星」と呼んでいる宇宙の馬鹿でかい破片が駆け落ちるのだと思うとその刹那への思いに胸がふくらんだ。
5分、10分と焦点をあわさずに空全体をぼんやりと眺めていた。
星は流れない。
とても静かだった。
時折吹き抜ける強い風に、風呂上がりの火照った頬を打たれるたびに、頭上でまたたいている星が、まるで樹木に引っかかっる雫のように吹き落とされるのではないかとまるで見当のはずれた期待に胸が駆られた。
あと1分。あと1分。
そう思ううちに、不意に青白い光の太い筋が中天を走り、またたくまに長い尻尾の残像を残して南の空に消えた。
「あ」と阿呆のような声が口から漏れた。
と同時に同じく白痴めいた別の「あ」が頭の上から降ってきた。
美しい流星が与えたせっかくの恍惚を咀嚼するひまなく、その「あ」の出所を目で追えば、隣家の2階のベランダに寝間着姿の隣人が立っていた。
彼も彼でぼくの口から漏れた「あ」によってぼくの存在に気づかされたようでこちらのほうを目をしばたたかせながら眺めている。
それまでは深更の暗闇の中で互いの存在にまるで気づいていなかったのである。
それぞれ、間断なく襲う冬の寒さと垂れ込める深黒の闇に息を潜め、ひたすら空を貪るように眺めていたという子供じみた行いの露見によった気まずさと、厳しい条件の下で掴み取った流星の美しさを分かりあえる連帯感で、目を合わせたぼくらは等しくむずがゆくなった結果、軽い会釈を交わしあい、「おやすみなさい」と彼はガラガラと雨戸を開けて寝室に入り、ぼくはペタペタとサンダルを踏みならして勝手口へと戻った。