杉村敏之-雑記

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はがれ落ちた歯は「わたし」。She is my idol !!

わたくし率と歯川上未映子「わたくし率 イン 歯ー、または世界」/講談社

先週のこと。
すっかりと更けた夜に会社でむしゃむしゃスナック菓子を食べていたら、ごろりとなにかが舌の上で転がって、挟みだした指先にあったるは銀のかぶせもの。
折しも、川上未映子の「わたくし率 イン 歯ー、または世界」という素晴らしい小説本を読み返していたところで、その奇遇というか偶然の符合に驚いた。
すっかり川上女史に感化されている自分は、奥歯がこぼれ落ちたことに仰天ののち小さく絶望。
なにしろ、奥歯ってのは、「私」がぱんぱんぎゅうぎゅうに詰まった最も本質的な器官なのだから。
流しでこの小さなメタリックな造形にべっとり付着したたこ焼き味のスナック菓子を洗い流し、鏡の前で大口を開けてぐりぐりと上顎に根を下ろす元歯・現空洞に押し込んでみるがいっこうに上手くいかない。
自力で歯を戻すことを断念する。
あきらめははやい。
再び、流しに戻ると今度は唾液でべとべとになったかぶせを、「わたくし率 イン 歯ー、または世界」の中で特に好きな一説を反芻しながら綺麗にしていく。
なんであんなに素敵な文章が書けるのだろう。
うっとりしながらも手だけは動く。
川上未映子の文章は、それこそ「歯」、まさに「歯」。
堅いものを粉々に砕く、分厚いものに風の通り道を穿つ、といったグリグリとした力強さがある、こちらに痛みが伝わってくるほどのギリギリとした軋みがある。
つまりゴリゴリのロックである。
好きだなー。
生年月日一緒だし、美人だし。
汚れを洗い流すだけのつもりでいたのが、とりとめもなくウットリを飛ばしていたら、なんか妙な欲みたいなものが出てきて洗剤まで頼りしっかりと磨きあげた銀のかぶせ。
蛍光灯の青白い明かりにかざせば、放つかすかな鈍色の輝き。

川上未映子「わたくし率 イン 歯ー、または世界」/講談社
人間が、一人称が、何で出来てるかゆうてみい、一人称なあ、あんたらなにげに使うてるけどなこれはどえらいもんなんや、おっとろしいほど終わりがのうて孤独すぎるもんなんや、これが私、と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私!! これ死ぬまでいいつづけても終わりがないんや、私の終わりには着かんのや、ぜんぶが入ってぜんぶが裏返ってるようなそれくらい恐ろしいもんなんや私っていうもんは考えたら考えるだけだだ漏れになっていくもんや私ってもんはな、そうなんや、そやから苦し紛れにな、みんながんばって色々を決めてきたんや、なあ、自分で考えてゆうてみい、そこになんでかこうしてあるそのなんやかやの一致の私は何やてほれ今ゆうてみい、わたしは歯って決めたねん、わたしは歯って決めたんや、おうおうおうおう歯やからゆうて阿呆らしいとか思うなや、歯はな、なめんな、一本ちゃんと調べまくったったらその個体のしくみがまるままわかってしまうんや、全部ばれてしまうんや、歯はこれこの生命にとってな、最も最も最も最も本質的な器官なんや、そうやそやからわたしは決めたんや、命と本質と最もがわたしの中で一列んなってそれがずばっと歯やったんや