杉村敏之-雑記

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蝉花火。

最寄りの地下鉄の駅から家までの道中は外灯がまばらである。ゆえに夜も深いとよほど月が明るくないかぎりは暗い夜道を歩くことになる。
ぼくが家を目指すその道は比較的大きな公園の外周に沿っている。
園内に茂った桜の木々が歩道にはみ出す格好で頭上を覆うように枝葉を差し交わしているため、その道は絶望的に暗い。
そのうえ雨上がりや湿気の多い夜ともなると、園内にある小さな池から脱走したとおぼしき馬鹿に大きな蛙どもが深い闇の中で跳梁&跋扈していて、うっかり踏みつけそうになるというドキドキものの経験を幾度となく重ねているので、たいていは車の往来も少ないのもあって歩道を行くことはせずに車道に出て辛うじて外灯がかすかに届く一角を歩くことにしている。
先日の会社からの帰途。
長い坂道をちょうど登り切ったところで足下の暗がりでなにものかが動いた。
いつものように蛙かと思って驚きもしないで、よくよく目をこらせば蝉である。
瀕死の蝉が路上にひっくり返っていた。
暦にやっと追いつくかたちでにわかに秋めいてきた今般、今年の蝉の見納めかと、その場に立ち止まったついでに煙草にカチリと火をつけて転がる蝉を覗きこんだ。
するとその刹那。
突然ほとばしった命に、死に際の蝉は激しく羽根をばたつかせ、ひっくり返ったままの姿勢で暗い車道の上をすべるようにしてもの凄い勢いで動き出したものだから驚いた。
ちょうど鼠花火が火薬の大きな力をかりてその身を持てあまし自ら制御不能に陥るがごとく、その蝉もやはり、体の内側で爆発と収斂を繰り返すなにがしかの大きなエネルギーに突き動かされるように、ジージージージーとけたたましく喚きちらして、意味ありげな多角形を夜の闇の底で路面に描くように背をアスファルトにこすりつけながら直線的な超低空の飛行を繰り返すその様はこの夏のどの体験よりも圧倒的で。