昨夜の冷たい雨。
遅い時間、家までの帰途。
アーチ型をした高架橋のちょうどてっぺんあたりで傘をさした女が一人立っていた。
こちらからだと、ちょうど橋の向こう側で車が停まっているのか、女は地面を這い上ってくるヘッドライトを背負っている格好でその仔細は判然としない。
ただ足下は橋のふもとにいるぼくからもよく見えた。
朝から冷たい雨の一日だったというのに真っ赤なパンプスだった。
そこだけ周囲の闇から浮かび上がるように夜目にも鮮やかだった。
女に近付くにつれ、徐々に彼女の様子がはっきりとする。
両手で支え持つ傘は、かすかな微動を上下に繰り返していて、女は、傘の下で寒さに震えているのかと思えば、実は女はさめざめと泣いていて、その華奢な双肩を震わせていたのだった。
通りすがりのぼくに彼女がどんな理由で泣いているのか分かりようもなかったが、その潔い姿に少なからず胸をうたれ、雨の下、傘の下で人は少し大胆になるんだよな、と妙な感慨を持った。
通りを行く恋人達は普段よりも肩を寄せ合い、ぼくはぼくでいつもよりも少し大きな声で歌を口ずさんでいる。雨の下で。傘の下で。
あー寒い、寒いと一人繰り返し、夜の坂道を登りながら、鮮烈だった先ほどの女の印象がいつまでもぼくの頭から離れない訳を考える。
冷たい雨の夜だからこそはっきりと感じ取ることが出来た彼女の体温の高さ、熱情の大きさにあてられて、自分の内側にもこんな雨の下、傘の下だからこそ確かめられる熱のようなものがあるとはっきり感じた。